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バケツとホースが最後の手段である日本の原発は人間使い捨て制度の象徴

日本の海外イメージはハイテク日本。日本人も同じイメージの日本を抱いていた。外国でも日本でも、日本は特にロボット先進国だと見られていた。確かに日本の技術者は様々なロボットを開発してきた。産業用ロボットから介護ロボットまで、日本のロボット開発と使用の例は限りなく、日本産業の明るい未来の象徴であるかのように見られた時代もあった。

だからこそ、東京電力と日本政府の福島第一原発冷却難航を見た海外のメディアは首を傾げているのだ。「日本は何でロボットを使って核燃料棒を冷却しないのか? そんなロボットは日本にはないのか? どうしてなんだ?」そんな疑問が上がっている。

ブログやツイッターでは日本人も原発事故用ロボットの不在について同じような質問意見を交わしている。ハイテク日本にもかかわらず、緊急作業にあたる労働者や冷却作業にあたる自衛官緊急消防援助隊員警視庁機動隊員等が致命的な被曝の危険をおかして働かなければ東日本を救えぬかもしれないというような状態になってしまったのは、一体何故なんだと考えはじめている人もいるようだ。

日本の技術レベルでは原発事故用ロボットはまだ作れないという訳ではないだろう。問題は科学や技術ではなく政治と経済ではないのか。韓国の科学者は原発修理用のロボットをもう開発しているが、一般的には韓国でも使用されていないそうだ。韓国原子力研究所のキム・スンホ氏は、「原発業者は制御不能のシビアアクシデントの可能性を想定したがらないから」 事故用ロボット使用を一般化できるような予算が出ないと言う。福島で今すぐ冷却等に使えるようなロボットが無いのは、短期的利益を社会の安全や労働者の健康より優先するという考え方のせいではないのか。危険だが稀なシビアアクシデントへの対応策の為に大金を投資するのは、企業や官僚の見地だけから見ると「効率的じゃない、費用対効果に見合わない、儲けにならない」。

そんな見地から設計されたから、今回のような「想定外」の大事故に直面すると、日本の原発は従事者を危険に晒すバケツとホースでの放水に頼るしかなくなっている。福島第一原発事故は金のために人間を使い捨てにすることを厭わない制度の象徴と見てもいいだろう。そんな制度は原発より恐ろしい。


古橋芳恵はMRZineの編集長。 




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